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ここにはたしか!
♯022 横浜線、「原町田」駅、文学館通り

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町田在住のライター&編集者の多田洋一さんが、「町田のちょっと懐かしい」を訪れ、今はなき店や出来事に思いをはせる、ゆるノスタルジー系連載。

♯022 横浜線、「原町田」駅、文学館通り

こんにちは、多田洋一です。本に関わる仕事をしていて、町田市在住。さて、「クリスマス・イブ」以後の山下達郎で自分が好きな曲というと? オリコンの【シングル売上ランキング】を調べてみたんですが、2位が「ヘロン」、5位「GET BACK IN LOVE」、9位「アトムの子」...たしかにテレビやラジオでは耳にしたんだけど、ちょっと「どのアルバムに入ってたっけ?」というくらい、おぼつかない感じで。理由ははっきりしていて、私は山下達郎が吉田美奈子とコラボしていた時期の音楽が好きだったんです。1980年代の最初の頃は「きっと坂本龍一と矢野顕子のように、この二人は実生活でも日本屈指の音楽カップルになる」と妄想していました。でっ、現実では、達郎さん1982年に竹内まりやとゴールイン。そうか...そうなのか、そういうことなのか、と。

前回、「町田仲見世通り」の隣にある「大和横丁」周辺のことを書きまして、そういえばこのあたりって、横浜線がまだ単線、「原町田」駅が地上駅だった頃には、駅前ロータリーから毛細血管のように延びて拡がった盛り場...吉祥寺のハモニカ横丁みたいな位置づけの一帯だったんじゃないかな、と思い出したりしています(いまはメイン商店街からの路地のように感じられるんだけれども)。そもそも1908年に「原町田」駅ができて、小田急はそれを踏まえて約20年後に「新原町田」駅と名付けたんだし。写真はターミナルプラザ近くのデッキですが、この真下にロータリがあったはずで、いまの「文学館通り」がど~んと「原町田中央通り」みたいな役目を果たしていたのでは? あっ、町田市民文学館ことばらんどではいま、玉川学園ゆかりの漫画家・みつはしちかこさんの展覧会が開催中(「みつはしちかこ展 -恋と、まんがと、青春と-」/12月24日まで)。私も企画などで少しお手伝い致しましたので、みなさま、ぜひぜひ!

ええと、私が十代の頃の横浜線。小田急がちょっとスマートな白と青の車両になっても、まだ小豆色の、パイプの掴まり棒(スタンションポール、というらしい)が備わった電車が走っていました。「古淵」駅なんてなくて、次は「淵野辺」駅。友人の家があった「相原」駅で降りたことがあって、駅前の喫茶店に入ったら、トイレが水洗でなくてびっくりした記憶が。車内には羽蟻が飛んでいた記憶もあるぞ。大学生になって、横浜在住のS君と信州へ旅行して、帰路、S君が八王子で乗り換えたさいに冷凍みかんを買って、横浜線内で食べ始めたときには、ちょっと怒りました。おまえ、これは通勤通学の電車なのに、いつまで旅気分なんだよ、と(このニュアンスがわかる人、いてほしい...)。

もうひとつ、いまはなき「原町田」駅のロータリーにまつわる思い出なんですが、丸井とルミネの境にある原町田交番って、たぶん、ロータリーから移動したんじゃないかな、と。というのも、私、高校生の頃、いまの「町田CRAGE」(クラゲ、と読むのか!)あたりにあったパチンコ屋さんで制服のまま遊戯(手動で打つやつ)してたら、背後から突然「お兄さん、出てますね」と声をかけられまして。振り返ると私服の男性。怪訝な顔をする私に、男性はポケットから黒いものを出してニヤリ、と。刑事ってほんとうに黒い手帖を持ってるんだ、といまでも鮮明な記憶です。一緒に遊戯してたA君と、そのまま原町田交番にしょっぴかれまして、調書は書かれたけど、親に連絡せずに帰してくれたのは、良い子のあやまちに見えたからか、単に忙しかったのか、時代がおおらかだったのか。それで、そんな私がどのツラさげて、ですが、小田急町田駅東口の「長崎屋町田店」と「ロッテリア町田店」の跡地...あそこにできる新しいビルには、特定の遊戯施設ではなく、もっと幅広い層の人が利用できる商業施設ができたらいいな、と思うのです。すぐ近くにもあるんだし、新たにもうひとつというのは、なんかちょっと、ね。

【プロフィール】
多田洋一(ただ・よういち)
フリーランスのライター&編集者。雑誌での取材や映画/テレビドラマのノベライズ等。2010年より年1回、個人主宰の文芸創作誌「ウィッチンケア」を発行。第10号は2019年4月1日に発行予定!
http://witchenkare.blogspot.com/
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