町田在住のライター&編集者の多田洋一さんが、「町田のちょっと懐かしい」を訪れ、今はなき店や出来事に思いをはせる、ゆるノスタルジー系連載。
こんにちは、多田洋一です。本に関わる仕事をしていて、町田市在住。前回「紅白歌合戦に出ていないレジェンド系」って話で小田和正の名前を挙げまして、最近の人にはまず「小田和正は元オフコースというグループにいた」から始めなきゃいけないかも、と不安。でもまあいいや、どうせ昔話だらけのコラムなんだから。ということで、私は4枚目のシングル「僕の贈りもの」を東芝(まだEMIでもなくて東芝音楽工業)のコンピレーション・アルバムで聞いて好きになりました。とにかく売れてなかったし、周囲の誰も知らない感じ。2枚目のアルバム「この道をゆけば ⁄ オフ・コース・ラウンド2」を1年遅れくらいで買ってハマりましたが、当時はラジオ関東(いまのアール・エフ・ラジオ日本)の夜の番組でちょっとライブが流れるくらいのどマイナーな存在でした。そのあたりから売れるまで、私はリアルタイムに覚えてますので、次回以降きっちりと! 余談ですが、Off Courseって「道を外れて」だと思うんだけど、それって町田的には「外道」と同義語!?
写真の場所が〈町田市辻〉という地名であること、じつは最近になって知りました。所用でこの近くまで何度かバスでいったので(でもなぜバス停は〈町田辻〉と「市」がないのか、不思議)。このあたりにお住まいのかたにはまことに申し訳ありませんが、私にとってのここは地獄のような交通渋滞の難所、という記憶ばかりです。いまは高架になったからむかしほどではないと思いますが、私が大学生のころなんて、とにかく東名高速に入りたくても保土ヶ谷バイパス(これも混むんだが)をぶっ飛ばして海にいきたくても、このあたりが鬼門。個人的な動線では町田街道(これも混むし信号が多い!)ではなくつくし野の三叉路を右折して~、なんですが、ここをまともな表の道で抜けようとすると、そうねえ、小一時間早めに出なくちゃ、ってところでありました。
でっ、地元の悪い友だちと遊んでいるうちに、近道(抜け道)を教えてもらったんです。今回あらためてそのルートを走ってみたら、ちゃんと町田市辻のすぐそば(中古車のケーユーのあたり)ってなにも私が威張らなくても、地元のドライバー、とくにワケアリのみなさまはご存知のことと存じますが。不肖私が説明しますと、246号線東京方面からきてつくし野の交差点を越えたら〈東工大入り口〉を左折。道なりに突き当たった三叉路を右折、そしてすぐにまた右折。〈高尾下〉のバス停を越えて「急に田舎だなあ」な風景を楽しみながら坂を上り、目印は「ふか草」です! いまはHOTEL FUKAKUSAなんて小洒落た名前みたいですが、むかしは「旅荘 ふか草」じゃなかったかなぁ。近道なんですから、このかどを躊躇なく左折しましょう。すると左手には「ふか草」よりさらに妖しいHOTEL QUEENS TOWNが出没しますが、先を急ぎましょう(ここのホテル、私の記憶では違う名前で、緑色のビニールシートが入った車を隠すような昭和的な雰囲気だったのに、いつのまに南仏風!? ...に)。あっ、でもここからの町田の風景は、ちょっとよかったりもするんだけれども...いえいえ、近道近道。坂を下って道なりにしばらく走るとケーユーが見えてきて、〈町田市辻〉の手前かなってところで左折×2すれば東名高速のインターはもうすぐです。
大学生のころ、なんの集まりだったか忘れてしまったんですが、拙宅に友人が何人かきて、帰りに女友達を都心までクルマで送ることになりまして246に出たのですが、案の定( ←昭和回顧に似合う言いまわし)、スーパー大渋滞。それでは、としかたなく私は近道ミッションを発動しました。たぶん、「ちょっと回り道するから」みたいなことを告げて。東工大の坂を降りて三叉路を右折×2くらいまでは普通な雰囲気だったんですが、さすがに「ふか草」の看板が見えてきたあたりで、なんか、ちょっと無口な隣席。それで、問題のかどを曲がった瞬間に「えっ!?」という小さな声が。いや誤解だ、これは近道なのだ。聞こえなかったふりをして、私は彼女を無事都心へと送り届けるために、東名インターへと急いだのでした。