特集

路向うのアメリカ
#2 学び舎の追憶

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旧日本陸軍による軍都建設で誕生した相模原。
第二次大戦後、軍事関連施設は米軍基地として利用され、戦争特需をもたらす一方、市民生活やまちづくりに大きな影響を及ぼした。
戦後の復興期に米軍基地のそばで育った著者が見つめていた「路向うのアメリカ」。その記憶を一家のアルバム写真とともにたどる連載コラム。

#2 学び舎の追憶

そんな「軍都」がベースの街にあった母校の校舎は旧陸軍時代の建物をベースに使っていました。幼稚園は相模女子大学のキャンパスの中にあり、小学校、中学校は同女子大学と塀一枚で隣接している。それもそのはず、旧日本陸軍通信学校の敷地を同女子大、谷口台小学校、大野南中学校、県立相模台工業高等学校(現・県立総合産業高等学校)の4つに分割使用していたから。

だから、一貫校でもないのに、幼稚園、小学校、中学校と進級するにつれ学校は変われども校舎の雰囲気はあまり変わらず……。もちろん、全部が全部クラシカルな旧陸軍施設の木造校舎というわけではありません。

小学生低学年のころは、旧陸軍兵舎の改造版教室も若干残っていました。年に何回かの大掃除の日などは、バケツに水を汲み雑巾を絞って、高い場所はハタキがけなどで廊下や窓をいつも以上の掃除をするわけです(今の人はハタキを知らないだろうなぁ。30cmほどの細い竹の棒の先にリボンのような布切が付いている道具。それで家具などをパタパタと叩いて埃を落とすから「ハタキ」という)。そうすると、たまに柱や壁などに古い「いたずら書き」のようなメッセージを発見することがありました。

「天皇陛下万歳」
「神国日本必勝」
「ホシガリマセンカツマデハ」……。

そのころは何か怪しそうなモノを発見したと、怪談話しのネタ宜しく騒いだだけだったのですが、今思うとその内容はシリアス。当時の軍国主義国家時代を彷彿させます。

いったい、旧帝国陸軍の兵舎とはどんな建物かというと……

巨大な墓石のような、50cm角、2mほどのコンクリートの四角い門柱を通り抜けると砂利道が続き、正面に日の丸を掲げた木造の建物が目に入ります。

平屋もありましたが、基本的には瓦屋根の木造総2階建。外壁は横板張り、窓は縦に開閉するタイプ。天井は高い。内壁は下半分が板張りで上半分は漆喰(コンクリートだったかもしれないが……)の白壁。建物正面の中央に玄関があり、日の丸が掲げられている。道路から2~3段の石段を上がって玄関を入ると左右に下駄箱が並ぶ。コンクリの敲(たた)きの先にはT字の板廊下があり、正面には階段があって、左右に長く廊下が続いている。その廊下に沿うように教室が並んでいる……という具合。

明治から大正時代にかけて、横浜や神戸、東京などに多く建てられたコロニアル様式をベースにした寄棟つくりの洋館です。

建物は、当然、長靴と呼ばれる革靴で歩行することを想定しているのでしょう。廊下は幅30cm、長さ5m、厚さ3~4 cmはあっただろうと思われる厚板からなり、ニスではなく恐らくコールタールが塗られ、ズッシリと重量感がありました。階段の手摺もゴツイ木製で、高い天井部分は薄暗く闇の中……。

私は当時のことは知りませんが、帝国陸軍たるもの質実剛健の精神、スパルティズムの塊のような施設群でありました。

少々前置きが長くなりましたが、そんな理由からか、敗戦後は旧陸軍の施設をそのまま米軍が接収し、在日米軍基地として長期にわたり再利用していたのも頷けるものがあります。これは相模原に限らず、横浜でも横須賀でも立川でも横田でも同じ状況だったのではないでしょうか。

沖縄に続くほどの米軍基地のある街並みはどんなだったかというと……

とにかく、相模大野、小田急相模原、相武台の各駅前の繁華街には米兵相手の飲食店やプールバー、ジャズバー、酒処が活気に満ちていました。そうした店は日本人からすると総じて高級なイメージ。大人たちの動向から、おいそれと日本人が足を踏み入れがたい空気が漂っていたのは子どもなりにもなんとなく理解していました。近づいてはいけない、踏み入れてはいけないエリア……

道路標識をはじめ街中のいたるところに英語の表示板があり、米兵が街中に溢れていた時代でもありました。

【プロフィール】
鈴木 聡 (すずき さとし)
アソビニスト、フリーライター
1957年生れ、相模原市在住。
幼少期より相模原で育つ・・・日本大学芸術学部映画学科中退。
映画・音楽・クルマ・アウトドアが大好きであり、学生時代より映画・番組製作会社・TV局のアシスタントとして現場を経験するも就職出来ず、音楽出版社を経て自動車メーカーに就職する。マーケティング、特装車、コンサル技術営業、モーターショウ、各種プロジェクトと長年自動車業界で仕事するが2017年定年退職。サラリーマンをする傍ら、大好きなアウトドア、クルマの世界に興じ各種の「遊び」をテーマにしたイベントを企画する。アウトドア・アナリスト&アドバイザー、イベントコーディネーター、コラムニスト。
遊びの様に仕事をし、仕事の様に遊ぶ・・・。
座右の銘:「貧乏暇なし生涯短し人生沢山笑うが勝ち・・!!」

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