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ここにはたしか!
♯020 大丸町田店、OIOIbe、まちえいグリーン劇場・ローズ劇場

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町田在住のライター&編集者の多田洋一さんが、「町田のちょっと懐かしい」を訪れ、今はなき店や出来事に思いをはせる、ゆるノスタルジー系連載。

♯020 大丸町田店、OIOIbe、まちえいグリーン劇場・ローズ劇場

こんにちは、多田洋一です。本に関わる仕事をしていて、町田市在住。さて、「RIDE ON TIME」で一躍有名人になった山下達郎が1982年の始めにリリースした「FOR YOU」。山下ソロ作品では一番思い入れが深く、リアルタイムでよく聞きました。とにかく、1曲目の「SPARKLE」の、ギターのカッティングがかっこいい。中野サンプラザでのコンサートを1度観たけれど、そのときもオープニング曲だったんじゃなかったかな。ジャケットのイラストは鈴木英人で、前年に出た大瀧詠一の「A LONG VACATION」の永井博とかもですが、なんだか日本が「異国情緒あり過ぎ」みたいな空気に包まれ始めたプレ・バブル期。いや、まだ円高不況で就職率もよくない時代だったけれど(当時大学4年生!)。ちなみに、1982年の日本レコード大賞は細川たかしの「北酒場」...演歌にしてはJポッピーな曲調でしたが~。

なんか、写真の真ん中が電信柱になっちゃいましたが、右側の円マックの奧は、かつて町田で最初にできたデパート・大丸町田店だったはず。ググってみましたら、大丸開業が1971年、小田急百貨店町田店は駅ビル竣工時の1976年、そしてまちだ東急百貨店が1980年にできた、と。「町田にもデパートができる」(「にも」って...)みたいなことを親が言ってた記憶、かすかに残ってます。「東急もくる」(「くる」って...)ということになり、現在の町田東急ツインズのあたりが広大な空き地になって、そこに櫓舞台みたいなステージができて、秋の日暮れ時に外道が爆音の演奏をしたっけなぁ。大丸は、その後1980年にBe Me(プラザビーミー)になって、2000年には大丸が撤退して翌年からOIOIbe(マルイビィ町田)になって、いまの町田modiは2006年からですか。でっ、これもググってみて知ったのですが、大丸開業前のこの場所は平屋建てのスーパーマーケット「静岡屋」、そのまえは現在町田市旭町にある「日本一しょうゆ」(岡直三郎商店)の醤油製造工場だったとは!

そして電信柱の左側。「町映ビル」の看板はまだありまして、個人的にいまは「全労済さんの諸手続きにいく場所」になってしまいましたが、若い頃は地下にあったふたつの映画館(たぶん洋画のグリーンと邦画のローズ、逆かも?)にいってました。たぶん、二番館と呼ばれていたんじゃないかな。わりと新しめのヒット作を、2本立て数百円で観られたような記憶が。洋画で一番印象に残っているのはポール・ニューマン&ロバート・レッドフォードの「スティング」(1973年)とジャン=ポール・ベルモンド&アラン・ドロンの「ボルサリーノ」(1970年)を一気に観たこと。もう、外に出ると完全に気分はチンピラというか~。世間ではたぶん「スティング」のほうが名作と言われてましたが、私は「ボルサリーノ」のほうにぐっときちゃいまして、さっそくレンガ通りの三峰でドロン風のマフラー(1000円くらいw)入手してなりきってました。

ローズのほうは...なんか、父親が息子に戦争の悲惨さを伝えたかったのか、けっこうハードな第二次世界大戦モノに連れていかれて、正直、内心ツラい思い出が残ってる。あと、アイドル系もけっこうかかってて、壇ふみと中村雅俊の「ふれあい」(1974年)はなんで観たんだろう。なにかとの併映だったからかもしれないが、とにかく圧倒的につまんなかったのを覚えています。あっ、でもここで観た「サード」(1978年)は、よかったな。主演の永島敏行が終始ムスっとしてたからか、新聞部の森下愛子の笑顔と裸と、あとお祭りのシーンがみょうに鮮やかな記憶として残っていまして。...同館は2006年までやってたんですね。いまは駅周辺に映画館、ひとつもありませんが、それはちょっと町として寂しいかも。

【プロフィール】
多田洋一(ただ・よういち)
フリーランスのライター&編集者。雑誌での取材や映画/テレビドラマのノベライズ等。2010年より年1回、個人主宰の文芸創作誌「ウィッチンケア」を発行。第9号は2018年4月1日に発行!
http://witchenkare.blogspot.com/

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